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どうも。ねおちです。

先日見かけた記事でちょっと気なったので。

日本人特有の滅びの美学的精神ってなんなんだろね

織田信長然り
真田幸村然り
忠臣蔵然り
新撰組然り
特攻隊然り

滅びを美しく感じてしまう日本の病気みたいな物なのかね?

何故か格好いいと思ってしまうわ


これについてのコメントにどうも違和感を感じて仕方がない。

追記に続く

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どうも。ねおちです。

ある本を読んでいて、ふと、「狂気」ってなんぞ?と考えてしまった。
国語辞典を引いて見ると

きょう‐き〔キヤウ‐〕【狂気】
気が狂っていること。また、異常をきたした精神状態。「―の沙汰」


という簡単な説明が載っていた。

wikipediaの説明をみると

狂気(きょうき)とは、常軌を逸脱した精神状態を表す普通名詞であるが、多分に使う側の恣意的レッテルに使われる側面もある。その概念は歴史的に多くの方法で使われた。今日、一般に異常な犯罪などの文脈においてその用語に遭遇する。ただし狂気の心理的表れと、犯罪行為の因果関係については学者の間でも議論が分かれる。確立した規準からの逸脱を行うことは、正の効果と同じように見なされるかもしれない。この場合の「狂気である」事実は、大胆に慣習にとらわれないことである。
ミシェル・フーコーは狂気を単に文化的逸脱とみなさず、狂気はその文化をポジティブに表現すると主張した。キリスト教やイスラームも見方によっては狂気とみなされるが、実際には大衆による逸脱行為は宗教という形で文化的に許容される。ただし、一般において「狂気の」何かは、極めて異常で愚かな何かと受け取られる。それらの行動は通常に容認された社会規準から強く逸れる
※傍線引用者


文章が長いわりにいまいちよくわからないですねwww

追記に続く

守破離(しゅはり)
http://bit.ly/1bLfrzn

  伝統を受け継ぐ者にとって忘れてはならない、特に武道にとっての教えが「守破離」である。

」とは、師や各流派の教えを忠実に守り、それからはずれることのないように精進して身につけよ、という意味である。

」とは、今まで学んで身につけた教えから一歩進めて他流の教え、技を取り入れることを心がけ、師から教えられたものにこだわらず、さらに心と技を発展させよ、という意味である。

」とは、破からさらに修行して、守にとらわれず破も意識せず、新しい世界を拓き、独自のものを生みだせ、という意味である。

「守破離」は単に武道の世界だけの教えではない。学問も経営も技術も、すべてにあてはまる。師に教えられて師に止まっていては発展はない。古武道に出発して古武道の中で止まっていたのでは、後継者としての存在価値はない。師をしのぎ、伝統を越え、親を超越して、より高い次元に発展成長してこそ文明の進歩がある。「守破離」とはその意味の言葉である。

[参照]活人剣抜刀道、叢文社


(追記に続く)

今日はねおちの寝言です。
何かっていうとお題の通りで宗教などについてちょっと考えてみようっていうお話です。

宗教家と言われる立場の人々や信者って人々がよく口にすることがありますよね。
例えばよくある世間話なんかをしているときでも

A 「仕事がなかなかうまくいかないんだよねー」(世間話)
 ↓
B 「祈りが足りないからです」(信者など)

色々とはしょってますが、おおむねこんな流れに話を捻じ曲げられます。
この場合

・何がどううまくいかないのか?を明確にする
・自分の努力などで改善できる部分を洗い出す
・改善を実行する
・結果を見て、更に改善を重ねる

これが普通ですよね。
でも、宗教に染まった人っていうのは、これを神や仏などにまる投げしてしまって「祈りが足りない」で片付けてしまいます。
これはいったいなんだんだろう?とよく思う。

また、信者といわれる人々や宗教家が不幸な出来事にあうとよく言うのが

法難であるからもっと祈りなさい」
神の意思はわれら人間には計り知れぬこと」

という、とても便利な逃げ口上が古来より利用されています。
この2種類の言葉を持ち出されると、まともな議論はまったく成立しませんよね。

思ってるだけで相手に伝わらないのが当たり前です。
世の中は多数の人間の多数の思惑が絡み合って動いているのであって、祈り=強い思い?でそれらが変わっていくなんてファンタジーな思想がまかり通る道理がまったく理解できないのです。

思いを言葉として相手に伝える、行動を起こして相手に伝える。
自分が変わらなければならない部分があるのは当然として、これなくして、どうして相手の言動を変えることができるでしょう?

第六勘みたいなものがあるのは、多少信じられます。

例えば、麻雀をやる人なら一度ならず経験があるのではないかと思うのですが、山から牌を掴んだ瞬間に首筋に寒気がして毛が逆立ち、ん?と思って牌を見てみるとモロに危険牌。
結果的にそれが地獄待ちの当り牌だったなんてことがあります。

これを科学的に検証して証明しろって言われるとかなり難しいのではないか?と思いますが、経験上の事実としてあることですから、証明はできないけど第六勘はあるのだろう。と思えるのです。

でも、これと宗教は違いますよね。
神や仏というものがいるのか?って言う話とは別として、現代の宗教ってものには懐疑的な目でしか見れないのがねおちの現状です。
これは、以前の記事(死後の世界かぁ~)で書いた織田信長の宗教観からの影響を受けてる部分もあるとは思いますが、とても合理的で当然だと思えるのです。

みなさんはどう思われますか?

うちのブログの副題にもなっている「六月火雲飛白雪」についてですが、自分自身もなんとなーくこんな意味程度にしか知らないことなので(テキトーですいませんw)、ちょっと調べてみたメモでも。

とりあえず、この言葉を知った経緯は単純で、池波正太郎氏の作品、「人斬り半次郎」の中で出てきます。
薩摩のど田舎の貧乏な家庭から出た半次郎が、西郷隆盛に見出され京都に出たときに出会った尼から、その言葉を教えられるというくだりがあったのです。で、これはいい言葉だと思い、拝借させていただいております。

『人斬り半次郎』池波正太郎
桐野利秋

出典
『天目中峰和尚広録』
元の代表的禅僧、中峰明本(1263-1323)の語録。
示衆、小参、拈頌、法語、書問、仏事、偈賛、題跋のほか、「山房夜話」「信心銘闢義解」「幻住家訓」「擬寒山詩」「東語西話」その他の著作、および記箴序文、偈頌等、一代の作品を収める。

南岳懐譲下の第22世に当たる。
俗姓は孫氏、杭州銭塘県(浙江省杭州市)の出身。
字が中峰であり、幻住道人と号した。諡は智覚禅師。

日本からの留学僧も彼の教えを受けた者がおり、鎌倉~江戸中期の日本仏教に多大な影響を与えた。

参考
中峰明本
峰和尚広録(ちゅうほうおしょうこうろく)
お墓つれづれ(その二)-中峰明本禅師墓塔-

意味
「六月の火雲、白雪を飛ばす」(ろくがつのかうん、はくせつをとばす)と読む。

世の中の常識というものにとらわれてはいけない。 夏の雲が雪を降らせる。というほどの自由自在の考えを持つことも人間にとっては大切である。言い換えれば、常識というものの中にあるバカバカしい考え方から離れて事にのぞむことも、ときには必要なのだという意味を語っている。

ねおちの思うこと
常識というものは、その時代その時代や地域によって違っている、限られたコミュニティーの中でのコモンセンスに過ぎないのだということで、それが絶対の真理ではありえないということ。
過去に常識であったものも、今ではナンセンスといわれることも多々存在していますよね。

だから、常識に捉われる事が常に正しいとは言えないという事なのだと思います。
常識に捉われ続ける限り、飛躍的な発展はなかなかのぞめないだろうとも思います。
社会や人生が行き詰る原因の一つですね。

なので、ねおちは、「~でなければならない」「~であるべきだ」という単純に常識に照らし合わせた押し付けというものが、あんまり好きではありません。いあ、もちろん生活していく上では、そういった常識的な言動は必要なので最低限度は守っている(つもり)ですが・・・

現代の科学技術というものも、過去のSFの産物だったものが実用化されてたりするものが多かったりします。
昔は、荒唐無稽な作り話であったものが、科学技術の発展によって常識に変わったいい例ですよね。

倫理と真理と常識は、常にイコールではないということを認識していないと、常識に捉われて身動きできなくなっちゃうような場面もでてくると思います。

ではでは、このへんで~
「天国も死後の世界もない」、英物理学者ホーキング氏が断言
2011年 05月 17日 11:18 JST(ロイター通信)


r.jpg
[ロンドン 16日 ロイター] 「車椅子の物理学者」として知られる英国の物理学者スティーブン・ホーキング博士(69)は、天国とは闇を恐れる人のおとぎ話にすぎないとし、死後の世界があるとの考えを否定した。16日付の英紙ガーディアンに掲載されたインタビューで述べた。

 ホーキング博士は「(人間の)脳について、部品が壊れた際に機能を止めるコンピューターと見なしている」とし、「壊れたコンピューターにとって天国も死後の世界もない。それらは闇を恐れる人のおとぎ話だ」と述べた。

 博士は21歳の時に筋萎縮性側索硬化症(ALS)という進行性の神経疾患と診断され、余命数年とされた。「自分は過去49年間にわたって若くして死ぬという可能性と共生してきた。死を恐れてはいないが、死に急いでもいない。まだまだやりたいことがある」と語った。

 また、人々はどのように生きるべきかとの問いに対し「自らの行動の価値を最大化するため努力すべき」と答えた。

 1988年の著書「ホーキング、宇宙を語る」で世界中に広く知らるようになった博士は、2010年の著書「The Grand Design(原題)」では宇宙の創造に神の力は必要ないとの主張を展開し、宗教界から批判を浴びている。



うちの伯母も、ねおちが小学生のときに筋萎縮性側索硬化症(ALS)?・・・はっきりは覚えてないんだけど、筋萎縮性なんとかっていう病気で亡くなっていますが、頭ははっきりしてるのに体が言う事を聞かないっていうのはホント苦痛以外の何者でもないと思う。

そんな中で生きてきて「自らの行動の価値を最大化するため努力すべき」という自らの信念を体現しているホーキング博士は尊敬に値する人物だと思っています。

魂の存在や死後の世界、前世というものは、科学的に証明はできないかもしれないけど、否定もできない。
信じている人には、安らぎであったり畏れであったりするわけですが、あるのかないのか?って話になれば、「わからない」としか言いようがないものですよね。

たまにSFのテーマとして、クローンとして永遠の命を手に入れる的なストーリーがあったりしますが、100%完全なクローンがもし仮にできたとして、以前の記憶は残ってないだろうな~と思うし、その時点での環境や教育によって個性なんて変わるだろうなぁ~とも思う。

肉体が魂の受容器なのかどうかはわからないけど、もしそうだと仮定して考えてみると、本人が生きてるうちに、クローンを作り始めたとすると、同じ魂がそれぞれの肉体に宿るとも思えず、また、死後にクローンを作り始めたとしても、一度離れた魂をどうやって識別して選択的に取り込むことができるのだろう?
そう考えていくと、遺伝子が同じであれば肉体的な特徴はかなり近似するだろうけど、クローンといえどもやはり別人だろうと思う。

宗教理論にしても、多分に倫理的要素が多く、人間を教導するために作られたものであったり、権力者が権力者たる正当性を主張するために過去にあった神話を作られた時点につなげて作られたものだったりするわけです。
そのストーリーを証明する手段などはどこにもありません。

「(人間の)脳について、部品が壊れた際に機能を止めるコンピューターと見なしている」とし、「壊れたコンピューターにとって天国も死後の世界もない。それらは闇を恐れる人のおとぎ話だ」というのも、事実そのものであって、筋肉や脳の機能は、神経線維から伝わる弱電の刺激によって起こる物理的な反応にすぎないでしょう。

死後の世界などを信じる人はそれによって、安心したりできるのであれば、それはそれでいいのではないかと思います

話は変わりますが、織田信長は徹底的な無神論者であると思われがちですが実はそうではありません。
彼が否定したのは、当時の仏教界などの宗教勢力であって神仏そのものを否定はしていないのです。
比叡山を焼き討ちしたのも、天台宗の否定ではなく、浅井・朝倉連合(足利義明による信長包囲網の一環)を山上に匿い、僧兵によって乱暴を働き、戒律を守らず堕落した生活を送っていた当時の僧侶たちを、単なる武装した敵対勢力と見ただけの話です。
比叡山に仏がいるなら、このような乱暴狼藉をしている僧侶達を許すはずがなく、故にそこには仏はいない。神社仏閣も人間が作ったものであって、神が宿っているものではない。故に焼き討ちしようと仏罰があるはずがない。という、三段論法が成立していたのだと思います。

一向宗との対立も然り。宗教勢力が政治(戦争含む)に介入してくることを好まなかったのです。また、一向宗の教義そのものが、封建的な国家統治に対立する教義だったことも理由の一つでしょう。
そのような教義を掲げた宗教勢力が政治介入してくることを嫌ったのです。
また、彼の楽市楽座政策も、既得権益を保有していた宗教勢力との対立を深めた原因の一つとなっています。

なので、当時日本にきていたキリスト教勢力は保護しています。
また、宣教師ルイス・フロイスの希望を請け、ロレンソ朝山日乗(日乗上人)との宗教論議を行わせたりもしています。
これは、海外の進んだ文化や武器を手に入れたいという打算も当然ありましたが、当時の仏教徒の堕落した姿と比べて、布教に命をかけて航海してきて、清廉な生活を送っていた司祭たちを認めたとも言えます。
当然、彼らは貿易による荒稼ぎを目当てにしていたり、植民地政策の尖兵という一面も併せ持っていましたが、その点を知った上で認めていたと思われます
歴史研究所世界史・日本史レポート

信長はやり方が正しかったのはか今の基準から見ると疑問もありますが、自らが新たな世界を作る現世の神になろうとしていたのだと思います。
またOKWaveのネタですが、質問内容によっては色々と考えさせられたり、そういう意味ではとても知的好奇心を刺激されるわけですが

狂信者の良し悪しは何にあると思いますか。」
たった一言の質問でしたが、奥が深すぎる質問だったので最初は一言で極論的な結論だけ言っちゃいました。

「生きてるか死んでるか。
生きてる狂信者 > 全て悪い
死んでる狂信者 > 害がないから良い」

これを説明するとなると、けっこう長い話になります。
まず、狂信者には2種類あるってこと
1:社会的狂信者
2:個人的狂信者


一般的には1の意味で使うのでしょうが、個人レベルでの話しまで落とし込むと、自分の主張を曲げず人に押し付けてきたり、考えの違う人を排除したりしようとする行動原理は、社会的狂信者とまったく同じであることに気づくのではないでしょうか?
以前の別の記事(パラジクロロベンゼン)で述べたこともこれに関連します。

自己の信念を持って筋の通った言動ができるのは美徳だけど、これが他人への押し付けにまでなれば狂信です。ベクトルだけではなく、程度によっても評価が逆転されることが多いだろうと思います。それは「過ぎたるは及ばざるが如し」という言葉に通じるものです。

他の方の意見で狂信者について面白い文章があったので引用してみます
(以下引用)
所詮、人は何かを信じないと生きていけない動物だと考えます。ただ狂信者にも2種類ある。社会に対して有害な狂信者と無害な狂信者です。一般的には前者の狂信者だけが狂信者と呼ばれ、後者の狂信者は狂信者と呼ばれない。そういう違いがあるだけだと思うのです。例えば、教科書原理主義者がいる。教科書に書いてあることは全部正しいと信じて疑わない人達です。こういう人達も私にいわせれば狂信者だ。ただ、それだけでは社会に対して何の影響力も無いので、狂信者とは呼ばれないことが多い。教科書原理主義者は、ガリレオが教科書の天動説を疑ったから地動説に気づくことができたという史実を知らない。だから、私は教科書原理主義者を狂信者と呼ぶのです。信じることの反対語は疑うことです。疑うことを覚えて、人は狂信者から脱却できる。ヒトラーはアーリア民族の人種的優越を説いた。もしドイツ人が、狂信者でなく、この言葉を疑っていたら、あのような悲劇も起こらなかったでしょう。ドイツ人が「戯けた寝言を言うんじゃねえ」とヒトラーを演壇から引き摺り下ろしていれば、ああはならなかった。またヒトラーが総統でなく、単なるホームレスでゴミ箱をあさりながら、「俺はアーリア人種なんだぞ。それなのになんでこんな目に。」と意味不明な独り言をぶつくさいっているだけならば、何事も無かった。これを社会に対して無害な狂信者という。社会に対して何の影響力もないからです。ところが、同じことでも一国の総統にまでのし上がってしまうとさあ大変。今度は社会に対して有害な狂信者になるわけです。総統でなくても教祖にのしあがっただけでもとんでもないことになる。それがオウム真理教事件だった。これらをもっと深く考察すると狂信者をのし上げてしまうのも狂信者なのだという事実がある。一人一人だけなら、さほど有害でもない狂信者が数を頼みに徒党を組みだすと、とんでもない狂信者がのし上がってしまうということを歴史は教えている。一人一人の力は弱くても数が集まれば、大きな力になってしまう。
※文中強調は引用者
(引用終わり)

個人的な狂信者もやはり狂信者でしょう。
一般的には狂信とは言わないけど、「自分教の狂信者」です。
グローバルな意味での社会的な影響力はないかもしれませんが、こういう人が自分の身の回りにいると、色々と価値観を押し付けられて、本当に迷惑ですね。

そんなことで、今回のネタは終了です
これは一言では言い尽くせないテーマなんですが、とりあえず思ったことをつらつらと書いてみます。

1:TV番組
常にシリアスなテーマを扱えとはもちろん言いませんが、「帰れまテン」や「黄金伝説」に代表されるような食べ物で遊ぶような番組はほんとやめて欲しいと思う。
日本の恥だとすら思います
面白いかどうかだけで判断してはいけないと思う。
こんな番組をもしも海外の飢えた人々を大量に抱えている国の人が見たらどう思うんだろう?

世界的な食料問題が取りざたされ、食料自給率は40%で半分以上が輸入に頼っている日本という国が、世界の食料事情を考えもせずに、こんなバカげたTV番組を制作し、面白がってみているという感性があり得ない。

良識・限度・節度を持った番組制作をしてもらいたいものだと切に思います。

2:政治家
名古屋市議会と河村市長や、阿久根市議会と竹原元市長との対立等が取りざたされましたが、これらのインタビューの中で政治家の俸給が国民の平均から見て数倍になることの正当性として言われてたこと

あ)専門的知識が必要だからボランティアのような素人にやらせるべきではない
い)選挙にはお金がかかる
う)落選したら仕事がない

などと言うことが挙げられていましたが、政治家に本当に必要なのは専門知識ではありません。
一番必要なものは良識なのではないでしょうか?
本来であれば専門知識などというものは、官僚=シンクタンクが蓄えていればいいことであって、それを手足に使い国益にかない且つ良識に従った政策を実現していけばいいのです。
ところが現実は、政治家も官僚も自分の利益ばかり追求し権力闘争と利権漁りばかり。

良識はどこへ行ったんだろう?

3:流行だけ
新しいもの、高級なものにばかり目が向いて流行ばかりを追求しようとする日本人のいかに多いことか。
昨年のクリスマスから始まった、「タイガーマスク運動」は一定の評価ができるかもしれませんが、たぶん継続することはないでしょう。今はTVでも頻繁に報道され世論を煽っているために、「流行」になっているだけです。
しばらくすれば報道されなくなり、この運動もなくなっていくでしょうね。
来年はあるのかな?

日本にこういう寄付などの運動を定着させる方法として一つ考えられるのは、芸能人や社会的著名人が個人でどんどん寄付を行っていくことでしょうね。人気取りでもなんでもいい。そういう行動を取っていくことで確実に救われる人がいるんです。
これが定着すれば、一般にもそういう意識が多少は定着するのではないかな?と思います。
企業がやれば、仮に個人が出資したものを取りまとめたとは言え、自分の意思でやったという意識は薄いでしょう。
阪神淡路大震災の時などはかなりの寄付等もありましたが、孤児院や擁護施設等への寄付とうはいつでもあるものなためか、ある意味では日常になってしまい、意識すらされていないのが現実なのではないでしょうか。



自己中心的で利己的な人ばかりが増えてしまって、そうじゃない人もなかなか声を挙げられないという現実もあるでしょうが、やはり日本人の心から社会的な良識ってものがどんどん薄れてしまってるように思えてなりません。

結論めいたものもなく、ほんと独り言なんですけどね。
なんか、やれやれだなぁ。
故事成語で「ことの良し悪しを考えず、やたらに人まねをすること。」を指す言葉

故事成語のお話というサイトから引用すると


春秋時代、越の国に西施(せいし)という美しい女性がいた。
 西施は胸が痛む持病があった。ある日、また発作が起きたが、彼女が胸元を押さえ、眉間にしわを寄せた姿にはなんともなまめかしく、か弱い女性の美しさがにじみ出ていた。彼女が里から歩いて来るその様に、里の人たちは皆目が釘付けになった。
 里に一人の醜い女がいた。名を東施(とうし)という。この日、西施が胸元を押さえ、眉をひそめた様子にたくさんの人が見とれているのを見た東施は帰ってから、西施のまねをして、胸元を押さえ、眉をひそめて、村の中を行ったり来たりした。図らずも、この醜い女が大げさ振る舞うとただでさえ醜い顔がもっとひどくなった。だから、この女の奇怪な様を見ると里の金持ちは、すぐにドアをぴったりと閉め、貧乏人は妻や子を連れて遠くに逃げるといった具合であった。西施のまねをして、奇怪な様で村の中を歩き回る東施を見て、皆まるで疫病神にでも会ったかのようであった。
 この東施は西施が眉をひそめた様子が美しいということだけはわかったが、なぜ彼女が美しいのかはわからなかった。むやみに人のまねをするのは愚かなことだ。
【荘子・天運】
※強調は引用者


と、このような話が記録されているのが出典

で、何が言いたいかというと、「戦国武将に学べ」とか、「偉人に学べ」などのビジネス指南書などがよく目に付くことへの批判なわけです。安直にこんなものを売り出して、しかもそれが一定の売り上げをキープできてしまうことに異様なものを感じてしまうわけですが、いったいどうなってるんでしょうかね?

少なくとも歴史に名前が残るほどの成功を収めた人物の場合
・天才性
・環境
・運(これが非常に重要)

こういったものに非常に左右されているわけで、凡人がむやみやたらと天才の真似をしても悲劇を生むだけのことだと思うわけです。われわれ凡人は、地道に努力することが一番大事であって、参考にするならば、必死に努力して成果を出した人を参考にしたほうがよっぽどいいのではないか?と、こう考えていると、高校1年の時に、数学の先生が大嫌いだったことをふっと思い出した。
先生は、非常に優秀な方で、東京理科大学だったかな?の卒業生なのですが、わたしのように、数学が苦手なモロ文系人間からすると、思考回路がまるで違っているわけですw

そして、この先生の説明を聞いていても、まるで理解できないことが先生を嫌いにさせ、そのまま数学が嫌いに直結したわけですが、もしこれが数学が苦手で努力してできるようになった人が先生だった場合、理解できない人は何がどうわからないとか、そういう点もわかってくれるのではないだろうか?と、妄想してしまいます。
こんなのは、数学が嫌いだった言い訳にすぎないわけですが、先生に質問したときに、「なんでこんなのが解からないんだ?おまえおかしいだろ?」という顔をされたのがショックだったのは確かです。

実際、自分が家庭教師のバイトをしていたときにも、自分が得意だった科目については、努力して学習したような経験もなかったため、どう勉強したらいいのか?とか、なんでわからないのか?っていうことがまったく理解できなかった・・・。きっと生徒にとっては嫌な先生だったんだろうなぁ~と今にして思う。

天才や偉人のお話は、物語として読むから面白いんであって、それを自分の人生の指針としてもロクなことはないよなぁ~と思うねおちでした

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Author:ねおち

北海道帯広市出身
愛知県岡崎市在住


【略歴】
北海道帯広柏葉高等学校卒業
空手家

水商売からCocktail&PastaのBar経営を経てプログラマーへ転身
現在は年中夢求


趣味:PCいじり、読書(主に歴史関係)

錬心舘空手初段、銃剣道初段



「六月火雲飛白雪」
世の中の常識というものにとらわれてはいけない。
 『夏の雲が雪を降らせる』というほどの自由自在の考えを持つことも時には大切である。
そう思いつつなかなか出来ないねおちの日々思ってることなど。

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