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どうも。ねおちです。

先日見かけた記事でちょっと気なったので。

日本人特有の滅びの美学的精神ってなんなんだろね

織田信長然り
真田幸村然り
忠臣蔵然り
新撰組然り
特攻隊然り

滅びを美しく感じてしまう日本の病気みたいな物なのかね?

何故か格好いいと思ってしまうわ


これについてのコメントにどうも違和感を感じて仕方がない。

追記に続く

コメント引用

・徐々に色あせていくなら、いっそ燃え尽きたほうがいい
・恥ずべき生より誇りある死を
・共感?は出来ないと思うけど、憧れてしまう
・死して屍拾うものなし
・美談として作ってるだけだろ。特攻隊なんぞ軍が人命軽視してるだけだし
・判官贔屓
・まあ武士根性だよな。もともと公家はそんな精神持ち合わせていない
・死にゆくものこそ美しい
・日本特有だと思ってるの?ハムレットも読んだことないの?
・本来の日本文化でも滅びるものに「あはれ」を感じて愛でるなんて習慣が有ったけど
あれはどちらかと言うと「そういうことが分かる自分は教養人」ってのが前提としてあった
つまり演技
・ヒント:封建制度
名誉を何よりも重んじるってことだと思うけど土地とか財宝とかより安上がりだから君主が名誉に価値持たせたんやで
・根性が足りて無いからすぐ諦める。まあ負け犬根性だな
・花の散る様のなんと美しいことか
・滅びの精神って実行してんのかな。後に引けなくなって嫌々でしょ
・それこそ本人にしかわからない訳で議論しても意味ないじゃん
恥を晒すくらいなら散ろうぜ的な雰囲気があったんだろうなとしか言えない
でも後世にそれを評価して物語として語り継いでそれを見て感動してる日本人が多いってのが唯一の真実じゃん
・特攻隊も人によるだろうけど嫌々だったんじゃねぇの
どうせ命令の背いたら射殺だし
上官のクソバカアホタヒねって言いながら死んだよ
・すっぱいぶどうと同じ
不可避の窮地に立たされて生き残る困難さを理解したとき、精神バランスを取ろうと美化に走ってるだけ
それが負け犬根性の染み付いた日本人に敗北の美学という幻想を与えているに過ぎない

すっぱいぶどう http://bit.ly/1xdTGI9
「すっぱい葡萄」(すっぱいぶどう)はイソップ寓話の一つ。「狐と葡萄」ともいう。
あらすじ
キツネが、たわわに実ったおいしそうなぶどうを見つける。食べようとして跳び上がるが、ぶどうはみな高い所にあり、届かない。何度跳んでも届かず、キツネは怒りと悔しさで、「どうせこんなぶどうは、すっぱくてまずいだろう。誰が食べてやるものか。」と捨て台詞を残して去る。
解説
手に入れたくてたまらないのに、人・物・地位・階級など、努力しても手が届かない対象がある場合、その対象を価値がない・低級で自分にふさわしくないものとみてあきらめ、心の平安を得る。フロイトの心理学では防衛機制・合理化の例とする。また、英語圏で「Sour Grapes」は「負け惜しみ」を意味する熟語である。


・だから負け犬と取らない人がいるからここまで物語として支持を受けてんだろって話
・だーかーらー、すっぱいぶどうと同じだって言ってんでしょ
美化してる、って言ってるのがわかんないのかな
敗北の惨めさを転換して精神バランスを保つ手法が、負け犬根性のしみついた日本人に親和性高いの
自己正当化に繋がるから
・滅びの美学っていうのは
あらゆるものはいつか消えることを運命付けられているという
自然の摂理に対しての愛着や尊崇であって勝ち負けの話ではない。
ローマ帝国は影も形も残ってないし、アメリカも数百年後には滅んでるだろう。
そういう無常さが滅びなんだよ。
・死を安易に美しいものだと捉えることの恐ろしさに無自覚な奴大杉




まぁ、どう捉えようともそれは個人の自由なので自分があれこれ言うような話しではないけれど、
斜に構えてる人とラノベの薄っぺらい話しに毒されてるような人が多いように感じてしまう。

例にあがってる、『織田信長、真田幸村、忠臣蔵、新撰組、特攻隊』を滅びの美学で一括りにしてしまうのも無理があると思う。戦国時代、織豊時代、江戸時代、幕末時代、近代の人間の意識が同じだとでもいうのだろうか?

戦国時代~織豊時代
武士の価値観は下克上の風潮があり条件次第で有利な法になびくのが当然であり、主君を何度も変える事は不徳でもなんでもなかった。
そういった時代にあって、有利不利にかかわらず己の信念や義を貫き通した結果が死であったとしても、甘んじて受け入れるという姿勢に戦国武士達は尊敬の念を抱いたものだろう。
代表例として鳥居強右衛門を挙げたい。

また、敵将の首級をあげることが名誉であり、逆に首を取られるのは恥辱であるという価値観があった時代である。
信長の場合、天下布武に王手をかけたところで部下に足元を掬われた形である。
見苦しい真似をし、明智に首を渡し「恥」を晒すことを「潔し」としなかったことだろう。
その例は枚挙に暇がないほどであるが、敢えて挙げるなら、日本で初めて自決に爆死という方法を選んだと言われている松永久秀などはどうだろうか。

真田幸村(信繁)の場合江戸時代になるかもしれないが、大阪の陣の頃と言えば未だ戦国の風が色濃く残っていた時代であり、心理的には織豊時代に近いと考えていいだろう。
大阪の陣の頃の幸村と言えば47歳であり、それ以前は関ヶ原の論功行賞によって父昌幸とともに九度山に追放されていた身である。その生活の中で昌幸は老耄し無為に死亡している。
自分も同じ運命を受け入れるしかなかった境遇の中で、武士として戦場に出られる。しかもその相手が巨大な敵である徳川家であるという事は、やはり彼にとって喜びであったのではないだろうか。
大敵を相手にして一歩も引かず、武士の一分を貫き通し一時は家康に自決を覚悟させるところまで追い詰めた。

これらを指して滅びの美学と言うのは、大きくずれているとしか思えない。
表面的には「悲壮美」であるとか「滅びの美学」と見えなくもないが、本質的に異なる。
滅ぶことが美しいなんて、本人も周囲もこれっぽっちも思ってはいなかったであろう。
その結果として、敗北し死が訪れようとも一歩も引かぬ覚悟と気迫。
最後まで己の信念を貫きとおした姿。

そういったところに多くの人々が尊敬の念をいだき、自己もそうでありたいと感化され共感を呼んだものであり、そこにあるのは「信念」と「覚悟」そして「恥」の概念であろう。


江戸時代
武士の価値観が儒教によりかなり観念化された時代。
忠臣蔵に関しては完全に創作。

忠臣蔵の真の顛末
「統合失調症可能性の高い浅野内匠頭が、事もあろうに殿中で、いきなり吉良上野介に切り付けるという一方的傷害事件が発生」
「浅野家家臣の大石らも、浅野が何故吉良に切りつけたのか全く理由(イジメは後世の創作)が解らず困惑」
「幕府は浅野の乱心を把握しており、乱心による事件=お家取り潰し無を提案」
「浅野家は乱心=お家の恥と判断し、折角の幕府の提案を自ら放棄」
そして数年後
「自らのエゴでお家取り潰しを招いた浅野家の家臣が、何の罪も無い吉良を集団で虐殺」
是の何処が忠臣蔵なのかサッパリ解りませんね。
現在では「この事件に忠臣の名前は似つかわしくない」と「赤穂事件」と呼ぶ傾向も出てきています。
http://bit.ly/1pLWSXwより引用


松の廊下事件が発生したのが1701年。
江戸時代において「元禄文化」が花開き最も繁栄していた5代将軍・徳川綱吉の治世下。
ここで強調されているのは、江戸時代に儒教によって観念化された「忠義」という価値観。
近松門左衛門らにより美化された忠義と悲壮美の物語が庶民に受け入れられただけの話し。
このメンタリティは古代より世界各国にあるので、日本特有の精神文化というにはあたらない。

葉隠
江戸時代中期(1716年ごろ)に出された書物。肥前国佐賀鍋島藩藩士・山本常朝の武士としての心得についての見解を「武士道」という用語で説明した言葉を田代陣基(つらもと)が筆録した記録
「朝毎に懈怠なく死して置くべし(聞書第11)」、「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」などの言葉が有名。


これらは、「心得」という言葉の通り、この時代において「観念化された武士の価値観」が書物としてまとめられたものであり、実際の覚悟というよりは形而上の学問に近く、これが武士道だというのはちょっと違うだろうと思う。

武士の切腹という形式も、戦国時代には実際に切腹していたが江戸時代になると形式化され切腹の作法としてそれらしい行動をとるだけで、実際には切腹する前に首を切り落としていたのがほとんどである。
形式をつけることで名誉を与えているだけで、事実上は斬首にすぎず、そこには戦国期にみられたような武士の覚悟というものは感じにくいと思う。


幕末時代
新選組に、滅びの美学や悲壮美を感じるだろうか?自分は感じない。
大半は、脚色された物語に共感しているだけである。
坂本龍馬にしたって、多数の人の功績が龍馬の名前に集約されているだけだよね。
もちろん、龍馬もすごい人だとは思うけどその陰に埋もれた人々の力の大きさを思うと「う~ん」って感じてしまう。

新選組にしても、近藤勇は結局のところ流山で官軍に投降し捕縛され刑死している。
この時点までに新選組はほぼ崩壊しており、土方歳三が函館五稜郭まで落ち延びて徹底抗戦していたのは彼個人の事であって新選組は関係ないと思う。
新選組時代の土方歳三は決して尊敬に値する人物ではなく、凶猛な殺人者でしかなかったと思う。
沖田総司も「剣の天才が若くして肺結核によって亡くなった」事に対して、判官贔屓ではないがそういった民衆の感情により支持されてるが、、、。

新選組の人々に、江戸時代の徳目であった「忠義」などというものがあったのか?と言えばなかったであろう。
剣術を身につけた農民が、ある日、京都所司代という公権力を背景として治安維持という名目で暴力を正当化していた集団であろう。彼らによって、日本の有為な若者がどれだけ殺されたことか。


近代
より観念的になり、公権力による強要が強まった時代。

日本の歴史学において、現代に直結するだけに近代逆にきちんと評価が定まっているとは思えない。
特攻隊等についても、正直なところよくわからない。
特攻した人は死んでおり話しを聞くこともできない。
生き残った人がや生前に周囲に語った言葉にしても、本当の心はわからない。
わからないが、世論や教育による洗脳や強要があった可能性は充分に考えられるにしても、そこから逃げ出さず「覚悟」を決め「潔く」特攻し散っていった姿に日本人は共感を覚えるのだろう。
脚色された物語上で描かれるのは「悲壮美」であろう。
しかし、特攻隊が滅びの美学か?と言われると何か違うという違和感がある。


滅びの美学
1.仏教的な無常観を背景として、終わりがあるから美しいと考える見方。静寂な無我の境地と妖艶な生命との対比によって生まれる美の様式。
2.死と隣り合わせの現実を生きる覚悟が見える散り際の美しさ。現実の名利を求めつつ、いつおとずれるかも知れない死に動ずることのない心組を予め定めておくことで生まれるヒロイズムとダンディズム。
3.生に執着せずに死を選ぶ散華の思想。

とうてい勝てそうもない敵に相対し、自ら華やかで芸術的に戦う態度。死(タナトス)を美しくしようという態度でもある。このような人たちとして、真田幸村、白虎隊、土方歳三、硫黄島攻防戦の指揮官・栗林忠道中将、三島由紀夫(とその作品など)がいるだろう。

日本特有の文化、と言われることが多いが、例えばヴェルレーヌは、デカダンスを「美しく死ぬ技法」(l'art de mourir en beauté)と定義して、滅びの美学を称揚した。


と、説明されているのだが、部分的に違和感を感じてしまうのは自分だけなのだろうか?
ヴェルレーヌのデカダンスは、様式化された滅びの美学であろうと感じる。

この違いは何か?と考えた時に思い浮かぶのは、「滅ぶことを主体」としたかどうかなんじゃないだろうか?
幸村などの戦いは「滅ぶことを主体」として戦いに臨んだのだろうか?という疑問があるのだ。
彼らは決して「滅ぶこと」を望んで戦っていたわけではないだろうと思うのだ。

滅びの美学っていうのは、「滅ぶこと」を前提と、その「滅び」をいかに美しくするか?というナルシシズムであると思う

無常観をベースとした感覚は、「全てのもは変わっていく。生きているものは何時か死ぬ。その定めを受け入れ見苦しい真似はするまい」という「潔さ」や「覚悟」であり、またその根底にあるのは「恥の文化」であって、「ナルシシズムに根ざした滅びの美学」とは異質のものを感じるのである。


そんなことで今日はここまで。

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ねおち

Author:ねおち

北海道帯広市出身
愛知県岡崎市在住


【略歴】
北海道帯広柏葉高等学校卒業
空手家

水商売からCocktail&PastaのBar経営を経てプログラマーへ転身
現在は年中夢求


趣味:PCいじり、読書(主に歴史関係)

錬心舘空手初段、銃剣道初段



「六月火雲飛白雪」
世の中の常識というものにとらわれてはいけない。
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